舞城王太郎作品の主人公は、桜野くりむだった!? 『現代小説のレッスン』石川忠司 の感想

僕は舞城さんの作品をいくつか読んである。
『現代小説のレッスン』に舞城王太郎さんの作品について書かれていた。

188-189頁を要約すると

阿修羅ガール』の主人公愛子はあまりにもストレートに結論へと到達している。
小説においては主張がいかに素晴らしくとも、そんな主張それ自体よりも主人公がそこにいたる困難な経験のほうが重要で、その経験だけが当の主張に躍動的なソウルを付与できるのである。

いきなり名言を放つ『生徒会の一存』の桜野くりむに聞かせたい言葉ですねw

 


現実もこの通りではないだろうか?
主張をしている当人の「行い、過去」はどうなの?感。
福満しげゆきさんみたいに言わせていただきますね。
日本で成功してビジネス本出していたりする人って、ほとんどの人は、自分の家族がどれだけお金持ちだったか、とかって明かさないですよね。
いきなりポジティブアクションを起こせる精神を持っていて
いきなり気に入った本の著者や気になるビジネスの先達に会いに行ってそのコネから成功した、みたいなプロセスがよく語られていますよね。
しかしそのような思考法ができる事自体が家庭環境やら生育環境やらによって大部分が決まってしまうわけです。
実際、成功した経営者さん、作家さんなんかのプロフィール読んでも、「親がアル中でDVだったとかギャンブル依存症だったとか、母子家庭だった」とかほとんど見たことないです。

それゆえに、「生まれが不利」を明かしている人を僕は応援したくなってしまいます。

この事自体が隠蔽されている感が日本にはある感じがします。
それこそ以前書いた谷本真由美さんの『キャリアポルノ』でも指摘されていたことですけれど。

映画感想、批評そして読書 朝日新書『キャリアポルノは人生の無駄だ』と映画『スモール・アパートメント ワケアリ物件の隣人たち 』

まず、谷本真由美さん著『キャリアポルノは人生の無駄だ』(2013)(以下『キャリアポルノ』と書きます)の要旨をまとめると

a,キャリアポルノとはいわゆる自己啓発本のこと。キャリアポルノは日本やアメリカでよく売れる。これは他の多くの外国とは異質な状況。
そしてキャリアポルノは時間の無駄で、勉強するなら語学などをした方がいい。

b,アメリカと日本は怒りを自分の内部に向ける若者が多い。それに対し欧州は怒りを自分の外部に向ける若者が多い。

c,その違いがデモの多さにあらわれている。

d,そしてそれゆえにアメリカと日本ではキャリアポルノがよく売れる。

e,アメリカと日本には、すごい能力を持った人たちが出てくる映画やドラマが多い。このような作品群は観客に夢を売る、現実から目を背けさせる効果がある。

f,著者の谷本さんは日本の労働環境・文化を批判し、「頼りになるのは家族で、会社など頼りにならない」と弟さんの事故の経験を通して感じた。

g,日本では成功した人が紹介される際に、その人の身体能力、家族、あるいはもともと持っていた資産について触れられることが多くない。ただ成功者が「頑張った」ということのみが重視される。

h,谷本さんはヨーロッパ人の人間性や労働環境を肯定的に評価し、ロンドン在住である

とのこと。

 

 

『キャリアポルノ』を読んで思い出したのがツタヤで数カ月前に借りて見た
スモール・アパートメント ワケアリ物件の隣人たち [DVD]

でした。(以下『スモアパ』と書きます)

ウィキペディアによると

 

 

『スモール・アパートメント ワケアリ物件の隣人たち』(原題: Small Apartments)は、2012年に製作されたマット・ルーカス主演のブラック・コメディ映画である。

 

 

『スモアパ』のストーリーは一言で言うと

ロサンゼルス郊外に住むいつも白ブリーフ一丁で、キューピーみたいな無毛症の32歳のひきこもりおじさん主人公が、兄の死と遺産相続をきっかけに憧れ続けていたスイスへと飛び立つ話。

 

『キャリアポルノ』と『スモアパ』。

このふたつは根本テーマを共有しているように感じました。もちろん谷本真由美さんが『スモアパ』をご覧になったのか否かはわかりません。偶然の一致なのでしょう。

『スモアパ』の根本テーマとは
1、自己啓発本(キャリアポルノ)の有害性
2、家族を大事にすることこそが人生を決める
3、欧州(スイス)へのプラスイメージに加え、母国へのマイナスイメージ、(もっと言えば、欧州への脱出)
ということです。
上に書いた『キャリアポルノ』の要旨の幾つかがこの三つに対応しているのがご理解いただけると思います。


これほどまでに似通った思想が通底されている二作品が、日本とアメリカからそれぞれ出てくる、ということ自体が、『キャリアポルノ』で言われている日米のキャリアポルノ文化の特異性の証左になっているようにも感じました。

 

さて、1,2,3の内容にそって『スモアパ』について書きます。


1、事故啓発本の有害性

アルペンホルンが大好きな引きこもりでキューピー人形みたいな見た目の主人公フランクリン。
フランクリンのお兄さんであるバーナードは精神病で入院しており、「神の声を聞いた」というような電波な内容のテープを毎日フランクリンに送ってきます。
 なぜバーナードがこうなったか。
兄バーナードは、まさにキャリアポルノといった感じの「脳内筋肉を鍛えて健全な思考を作りましょう」という胡散臭いメノックス博士の著書にハマり、著作の中に人生の答えがあるはずだ、といつも「答え」を探すようになりました。
そしてバーナードは「俺の頭には余計な感情がいっぱい溜まっていて、思考力を鍛えて強くしないと」
「頭がいたい、ナメクジが頭のなかに張り付いている感じ」
と言い出します。
 作品の後半で、バーナードは死ぬ。
 フランクリンは、兄の死因と、言動がおかしくなったのは脳腫瘍のせいだった、と知らされる。心の病ではなかった、ことがわかったわけです。
 面倒見のいいお兄さんは、32歳でひきこもりの弟フランクリンを養っていたのですが、80万ドルの遺産をスイス銀行に残してありました。
 そしてフランクリンはそのお金をもとに憧れのスイスへ旅立ちます。
 スイスへの機内で偶然、メノックス博士と同席したフランクリンはいう。
「あんたは兄に自分の本を読むよう支持した、しばらくして兄はあんたに再開、でブチキレた。兄は「答えはどこだ」と何度も叫んだ。あんたは兄にイカれてるといった。覚えてる?
兄はイカれてなかった、脳腫瘍があっただけでね。ねえ先生、スイスまでは遠いよー?」

兄が最後に弟に吹き込んだカセットテープは「答え=Answer」というタイトルの、1分ほどの短いテープだった。要約すると、

「人生は一度きりなんだ。
時間を無駄にするな。
過去は亡霊、未来は夢、
あるのは今だけだ。
人とは許しあうべきだ。
自分の家を見つけるんだ、愛してくれる人がいて寛げる場所を
全ては心がけ次第。
どんな感情も好きに選べる。
だから幸せを選ぶんだ」

そして、フランクリンがスイスのアルプスの大自然の中でアルペンホルンを吹きつつ、美女たちと満面の笑みで戯れる絵と、底抜けに明るいBGMで作品が終わります。

 

 

バーナードは脳腫瘍だったわけですが、メノックス博士の著作を読んだあとから、
「頭がいたい」といい始めたことが印象的です。
つまりここでは、
メノックスの本=自己啓発本=脳にとって有害=脳腫瘍を発生させる=頭痛がする
というメタファの回路が描かれていると思いました。

そしてある意味、バーナードの言葉も自己啓発なのですが、短く、かつ仏教的な認識論(あるのは今だけ)を備えている。形而上学的な話も含んでいる(人生は一度きりだ、ということ)
なにより、死を前にした人間の言葉としての重みがある。
たいていの自己啓発本はテクニックや脳科学っぽいもの(作品内では描かれていませんがメノックス博士のものはそんな感じだったのでしょう)が多く、形而上学や、認識論の話はあまり入ってきません。(例外はあります)
このような差が強調されているように思いました。

 

 

 


2、家族を大事にすることが人生を決める

 本作にはフランクリンの住むアパートの住人として
トミーという革ジャンを着てヤク中のコンビニ店員と、
オールスパイスという引きこもって絵を書いている独身のおじいさんが出てきます。
彼ら二人は終盤で死にます。
トミーはコンビニ強盗に襲われ、
オールスパイスは自殺してしまいます。
彼ら二人には共通点がありました。
家族関係の問題を抱えている、ということです。
トミーはアル中の母に育てられました。
トミーの母がキリスト教?に改心した今では、「母さんのおかしいのが伝染る」と母をバカにしたような態度をとります。
オールスパイスは奥さんを13年前に亡くして、ルーチンワークな生活に飽き飽きしていました。


これに対して、フランクリンは、
兄・バーナードが不注意でボウリングの玉を自分の足に落とし、そのせいで骨が折れ無毛症になっても、
「兄さんは僕のためにそうしたのだろう」と言い、半ば狂信的に兄を愛しています。


トミーとオールスパイスは死ぬ。
一方、フランクリンは兄の遺産でスイスへと飛び立つ。
ここに、家族を大事にすること、許すことが、パフォーマティブに作品の体現する倫理として示されていると思います。

 

ちなみにコンビニは日本やアメリカに多く存在し、ヨーロッパには宗教的な理由から24時間営業の店自体が少ないそうですが、
コンビニでトミーが死ぬというのもアメリカのマイナスイメージの形成に役だっている感じがします。

 

 

3、欧州へのプラスイメージに加え、母国へのマイナスイメージ、(もっと言えば、欧州への脱出)

スイスが憧れの地として描かれていること。
アメリカの貧困層の悲惨さがトミーとオールスパイスの死で際立っています。
さらに遺産を継ぐ前のフランクリンは大家に家賃を払えないということで、口だけ手篭めにされていたり、とひどい有様です。
このような対比が、スイスを天国のように思わせてくれます。

 

こうして二作品を考察してみると、日本でも映画や小説として『スモアパ』みたいな倫理を体現したものがあってもおかしくなさそうですが、寡聞にして存じません。どなたか詳しい方はご存知かも知れませんね。
以上、拙い駄文を読んで頂きありがとうございます。